かつお節の功績を後世に

 印南町の江戸時代印南漁民・顕彰会(坂下緋美会長)は20日、印南漁港内印南漁民顕彰碑の前で、角屋甚太郎と森弥兵衛の三百回忌法要を行い、関係者ら20人が参列した。
 かつお節を考案した角屋甚太郎は宝永4年(1707年)10月28日(旧暦10月4日)、鹿児島の枕崎市に製法を伝えた森弥兵衛は享保元年(1716年)10月21日(旧暦9月9日)に亡くなった。法要では、坂下会長を始め日裏勝己町長、役場関係者らが出席。読経の中、焼香していった。
 坂下会長は「顕彰碑をきっかけに多くの町民が印南漁民に興味を持っていただき、中学生も学習に使っており、碑を建立した意義があったとうれしく思っています。きょうの三百回忌は印南の歴史文化の一ページとしていつまでも記憶に残ると思います。今後もより多くの方に印南漁民の偉大な功績を伝えていきたい」。日裏町長は「3人の偉人を出したことは町としても誇りに思い、今後も後世に伝えていくとともに、『かつお節発祥の町』を広く発信していきたい」と話した。
 もう1人の漁民で千葉県と静岡県に製法を伝えた印南與市は昨年千葉県南房総で二百回忌供養を行った。

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