音楽の可能性を示すコンサート

 Ancor Romantic Muse芸術音楽振興サロン主催、「真夏の昼の夢の2台のピアノの演奏会」を取材。工夫を凝らした聴き応えのある演奏会で、特に印象に残ったのは、ゲストの「左手のピアニスト」智内威雄さんだ◆東京音楽大学で学び、渡欧後、右手にジストニアを発症。日常生活に支障はないが、両手のピアノ演奏は諦めざるを得なかった。声楽、作曲なども勉強したが、そんな時、左手のためのピアノ曲が数千曲もあることを知った◆オーストリアのピアニスト、ウィトゲンシュタインは第1次世界大戦で右手を失い、数人の作曲家に左手だけで弾ける曲を依頼した。智内さんは「どんな時でも音楽を心の支えにして生きたい」という彼の強い意志を感じ、埋もれている「左手のピアノ音楽」という分野を広めるのが「ぼくの使命ではないか」と思ったという◆さまざまな要因で、左手の不自由な人がいる。ピアノを勉強する人にも「左手が苦手」という人は多い。低音の左手パートはパワーを感じさせる部分で、これがうまく弾けないと「厚み」のない演奏になる。左手を重点的に練習する教材としてもこの分野の曲は需要があり、智内さんは発掘と普及を目指す「左手のアーカイブ」プロジェクトを立ち上げた◆コンサートでは碇さんがオーケストラ部分を担当し、ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」を2台のピアノで演奏。畳み掛けるような迫力に、ただただ聞き惚れた。智内さんの左手からは、ダイナミックで厚みのある音楽があふれ出していた◆初めて聴いた左手だけのピアノ音楽は、音楽の持つ豊かな可能性を指し示してくれた。それは芸術の可能性であり、人間の可能性でもある。心がぐんと広がる気のするコンサートだった。(里)

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