産地の力で梅消費低迷打開へ

 みなべ町では梅が一大産業。大半の住民が何らかの形で梅と関わっていると言っても過言でない。近年、その梅の売れ行きが低下している。特に品質のいいA級品が低調で、産地にとっては大きな問題だ。
 総務省の家計調査年報によると、1世帯当たりの梅干の購入量は平成14年がピークで1053㌘だったが、その後は下降傾向が続いており、25年は約3割減の754㌘。年間購入金額でも11年は1897㌘だったが、25年では約3割減の1266円に落ち込んでいる。若年層の消費低下や漬物離れなどが要因と言われている。
 しかし、過去にも問題は山積だった。梅の木が衰弱したり、枯死したりする生育不良が昭和の終わりごろから発生し、大きな問題となったこともあった。当時は梅の関係機関が頻繁に会議を開き、原因究明や対策で知恵を出し合った。その結果、現在では生育不良樹がかなり減り、問題視する声はほとんど聞かれていない。梅が高値で販売されていた平成10年ごろでさえ、中国からの輸入量が懸念され、「外国から安価な梅干しが輸入されれば国内の梅産地は対抗できず、崩壊につながるのではないか」と将来を不安視する声も聞かれた。このほか、台湾から輸入されるカツオ梅のブームで国内産の梅が大きな打撃を受けたこともある。こうして振り返ると、梅産業の歴史は問題続きだったと言えるのかもしれない。
 梅の消費低迷は価格に直結する問題で、決して楽観視はできない。しかし、これまでいくつもの問題を乗り越えてきたからこそ、日本一の産地を築くことができている。その力に期待したい。 (雄)

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