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世界に届け 核廃絶の祈り

2010年8月 8日
写真:NPT会議の様子を話す村上さん(写真左)と完成した千羽鶴

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 広島でアメリカの大使としては初めてとなるジョン・ルース駐日大使、潘基文パンギムン国連事務総長らも参加しての平和祈念式が行われた6日、日高地方でも印南町で初の「平和を考える夕べ」が開かれ、日高川町の特別養護老人ホームではデイサービスのお年寄りが平和記念公園に贈る千羽鶴を完成させた。印南町では核兵器廃絶を訴える講演のほか、平和を祈ってのコーラスミニコンサートも開かれた。

 
 印南の平和を考える夕べは九条の会などのメンバーでつくる実行委員会が主催し、町公民館で開かれ、住民ら約50人が国連で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議に署名を提出した有田川町の村上美保子さんの講演を聴いた。
 

 村上さんは生まれて間もなく、戦争で父を亡くしており、高校教諭などを経て平和と生命の大切さ、核兵器廃絶などを訴える活動を行っている。講演ではタイムズスクエアでの署名活動や日本で集めた署名を提出したこと、カバクテュラン議長のあいさつ、原爆写真展などをスクリーンに映して紹介。会議で核保有国に対する「核兵器廃絶への一層の取り組みと具体的な進展を求める最終文書」が採択されたことについて、「被爆者の思い、死んでいった人たちの無念さは、65年経ってやっと届いた。世界は核兵器廃絶へ大きな一歩を踏み出した。私もネバーギブアップでみんなと歩いていきたい」と締めくくった。
 

 また、講演に先立ちママさん合唱団、コア・ブレーメンが平和を祈って、『アヴェ・マリア』など4曲を披露した。
 

 日高川町和佐、特別養護老人ホームときわ寮川辺園のデイサービスセンター(長岡洋子在宅施設長)では、センターが開設された平成6年から毎年夏に千羽鶴を折り、広島原爆忌の6日前後に平和記念公園に届けている。ことしは先月下旬からお年寄り約30人がリハビリも兼ねて折り始め、赤、青、黄、ピンクなどカラフルな千羽の鶴が見事に完成。「祈 世界平和」と書かれた布も取り付けられている。


 鶴を折ったお年寄りの1人は「あらためて平和であることがありがたく思います。いつの日か、世界中が平和となる日がくれば」と話していた。


 千羽鶴が平和のシンボルとなったのは、原爆投下から10年後の昭和30年、2歳のときに被爆した小学6年生の佐々木禎子さんが千羽鶴を折ったのが原点。「千羽鶴を折れば、願いが届く」と祈りながら同年5月から薬包紙や見舞い品の紙で折り続けたが、その願いは届かず、10月25日に原爆症で人生を閉じた。禎子さんが折ったのは644羽で、残りの356羽は同級生により折られ、彼女とともに埋葬されたという。

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