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三尾の小西さんが父の戦没地を訪問

2009年10月25日
写真:父重男さんの戦没地を望む丘で小西さん

1025⑦.jpg 第2次大戦中の昭和18年10月、陸軍衛生兵だった父がニューギニアで病死した美浜町三尾の小西道子さん(67)がこのほど、日本遺族会の戦没者遺児の慰霊巡拝ツアーに参加。戦後64年、死後66年目にして初めて父が亡くなった地を訪れた。小西さんは父が絶命したジャングルに向かって「お父さん、やっと会いに来たよ...」と語りかけ、涙ながらにめい福を祈った。

 戦没地巡拝ツアーの訪問先は旧満州、旧ソ連、マリアナ諸島、ミャンマー、沖縄など国内外16カ所あり、小西さんが参加したのは東部ニューギニアコース。全国から67人の遺児と遺族会関係者ら総勢約80人が参加し、今月10日から17日までの日程で、目指す戦没地別に5つの班に分かれ、小西さんの班はポポンデッタ地区、ラエ地区、ウエワク地区などを巡った。

 父親の吉田重男さんは陸軍第二十師団第四野戦病院部隊に配属となり、衛生二等兵として戦場で傷ついた兵士の搬送、治療の任務に当たっていたが、食糧が乏しく衛生状態も悪いなか、フィンシュハーヘンという山の中で昭和18年10月30日、病気のため死亡。三尾に妻と長女の道子さん、生まれたばかりの長男を残し、28歳だった。

 父が亡くなったときはまだ1歳半、これまで「お父さんは衛生兵として戦争に行って、ニューギニアで亡くなった」ということしか知らずに生きてきた道子さん。今回のツアーに参加するにあたり、遺族会等の調査により、配属された部隊、戦地での活動状況、亡くなった場所などが初めて分かった。実際に重男さんが息絶えた場所は険しいジャングル、ツアー一行も入っていけず、今回は飛行機で上空を旋回後、約100㌔離れた丘の上に祭壇を設営。小西さんは日本から持参した重男さんの軍服姿の写真、カップ酒、梅干し、米を供え、「お父さん、こうしてやっと会いに来たよ...」と涙を流し語りかけたという。

 美浜町は毎年、約350柱の戦没者の慰霊祭を行っているが、町内の遺族で日本遺族会の巡拝ツアーに参加したのは小西さんが初めて。小西さんは「全国には約100万人の遺族がいますが、巡拝ツアーに参加したのはたった1%の1万人だそうです。私はやっと時間的な余裕ができ、美浜町から初めて参加させていただきましたが、これまで知り得なかった新しい情報も手に入り、なにより父が亡くなった場所を見ることができ、感無量です。この日高地方にも多くの遺族の方がいます。来年以降、ぜひ参加してほしいと思います」と話している。

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