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世代で記憶の受け渡し
2009年7月26日
今月の初旬だからかなり日が経ってしまったが、里山を愛する会主催、京大准教授・フィールド科学センター紀伊大島実験所長、梅本信也氏の講演会を取材した。興味深い内容から、ここでは些細なようだが印象に残ったことを紹介する◆弁当等の仕切りに、昔は葉蘭(ハラン)の葉が使われていた。それが次の世代では、形ばかりギザギザにカットされた緑色の人工物。そして次の世代は色付きのセロファンか何かで、そこにはもはや植物の葉を仕切りに使っていたことの名残りもない◆ここで姿を消したのは「葉蘭の葉が弁当の仕切りに使われた」という具体的な事実よりも、「身近な植物を道具として用いた」という文化。すなわち、身の回りの資源を無駄にせず使う価値観そのものといえる。河川敷の掃除等をしても、刈り取った草等についてある程度以上の世代は「畑の肥料に」など考えるが、若い世代にはそういう発想すらなく「集めたゴミは清掃センターへ」としか思わないという。数十年の時間を経て、価値観がこれだけ違ってしまっている◆気がつけば昔あったはずのものが見当たらないということは数多い。一つ一つはさりげない変化でも、全体の流れをみると大きく変わってしまっている。伝えるべきことを精選して次世代へ、など頭で考えるうちに、指の隙間からこぼれ落ちるように記憶も記録も風化していく。異なる世代がじかに交流することが、記憶の受け渡しには最も有効なのだろうと思う◆子ども達にとって夏休みは親戚の集まりやイベントなど、世代間交流の機会が多い時期でもある。我々中間世代の大人達は、先達からしっかり多くのことを吸収し、若い世代にできる限り伝えていかなければならないと、改めて思う。 (里) |
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